兵庫県・宝塚市在住の岡本光一さん夫妻が、254億円を寄付したことが話題になっています。
岡本光一さんは元キーエンスの役員で、現在は慈善事業に力を入れているようですね。
巨額の寄付をした岡本光一さんの経歴や職業が気になっている人も多いでしょう。
今回は、岡本光一さんの経歴について、調査しました!
それでは、どうぞご覧ください。
宝塚市に254億円の寄付をした岡本夫妻が話題!
兵庫県宝塚市に住む岡本光一さん、明美さん夫妻が、宝塚市に254億円の寄付をしたことが話題となっています。
老朽化した市立病院の建て替え費用に充ててほしいということで、巨額の寄付にいたりました。
地方自治体への寄付としては超異例で、全国的に注目されています。
岡本光一さんは、これまでビジネスを成功させた結果、社会貢献に活かしています。
財を成したのは会社や社員の協力があってこそなので、「個人だけで占有するのは違う」という考えです。
今回の寄付も、その考えに基づいた行動のようですね。
日本ではまだ寄付文化が根付いていませんが、アメリカではごく一般的なこと。
メイヨー・クリニックなど著名病院には毎年巨額の寄付がされ、寄付者の名前が壁に刻まれています。
日本ではこれほど巨額の寄付を個人が行うことは稀なので、ニュースになったようです。
今後後に続く資産家がいれば、経営が厳しい病院の助けになりますよね。
岡本夫妻の寄付に対しては、ネット上でも「すばらしい」「日本にも寄付文化が広まるといい」と称賛されています。
ただその一方で、寄付金に群がる輩が出ないことを願うという声もありました。
宝塚市は、この寄付のうち250億円を基金に積み立て、新病院の建設や医療機器の充実に活用するようです。
岡本夫婦は他にも、宝塚市に
・山林の意地・管理費 2億円
・福祉施設の改修費 4億円
寄付をしています。
それだけの財を築き上げることができた理由が気になりますね。
岡本光一のWiki経歴!職業は元キーエンスの役員で保有株数が衝撃?
岡本光一さんの経歴について、見ていきましょう。
生年月日:1947年4月9日(77歳 ※2024年時点)
出身地 :東京都
出身地 :兵庫県宝塚市
職業 :実業家・慈善家
職歴 :キーエンス元常務取締役 兼 企画開発部長→公益財団法人プラザ・コム代表理事
キーエンスは世界44カ国・200拠点で事業を展開。
計測機器や情報機器、光学顕微鏡などを手がけるトップ企業です。
国内企業の時価総額ランキングは、長年トップを独走しています。
岡本光一さんはキーエンス3番目の社員で、そのとき取得した株式が会社の急成長で大幅に値上がり。
その後常務まで上り詰め、莫大な資産を獲得しました。
ちなみに2番目の社員が妻・明美さんということで、夫婦でかなりの資産家のようですね。
岡本光一さんの保有株数は?
時価総額は、およそ1877億円です。桁が大きすぎて訳が分からないですね・・・
これを個人で保有しているというのは、驚きです。
岡本光一さんは、会社の急成長で部下が多くなり、人を扱うことに苦手意識を覚えます。
そして管理職として適応できず、退職を選びました。
もともと技術者だったので、管理職には向いていなかったとか。
1994年、キーエンスが上場し、自社ビルが建ったころに退職しました。
その際とっさに退職理由を、「ボランティアをしたいから」と適当に挙げたのだとか。
このときはボランティアをする明確な意思はなく、翌年の阪神・淡路大震災をきっかけに、ボランティア活動を始めます。
夫婦で慈善事業に携わる
岡本光一さんは阪神淡路大震災をきっかけに、被災地でのボランティア活動を経験。
福祉や地域のコミュニティ形成の重要性を実感しました。
また約37億円を費やしてボランティアセンターを開設し、長らく社会貢献活動を継続しているようですね。
現在も「公益財団法人 プラザ・コム」の代表理事として、ボランティア活動に携わっています。
キーエンス在籍中は優秀なエンジニアとしして評価され、ストックオプションを獲得。
これが結果的に、岡本光一さんの莫大な資産につながったようですね。
現在もキーエンスの大株主であり、その資産を生かして社会貢献している姿は、尊敬としか言いようがありません。
まとめ
今回は、岡本光一さんの経歴について、紹介しました。
岡本光一さんはキーエンスに3番目の社員として入社し、大株主となったことで資産形成につながりました。
阪神淡路大震災をきっかけにボランティア活動に目覚め、現在も福祉事業の理事を務めています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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